連休が明けた最初の金曜日、 夜の十一時すぎに、 スーツのままチェックインされた男性がいらっしゃいました。 ネクタイは外していましたが、 ジャケットは着たままで、 革靴の紐もほどけていませんでした。
お部屋に入ってこられてすぐ、 ベッドの端に腰かけて、 しばらく動かれませんでした。 私はお茶を淹れて、 少し離れたところに置いて、 自分も同じ高さに座って待っていました。
お聞きしないことを決めていたので、 何も尋ねませんでした。 五分ほど経ってから、 ご自分でジャケットを脱がれました。 今年の春に新卒で入社されたばかりだということ、 配属が決まって三週間目だということ、 連休中も結局家から出られなかったということを、 ぽつぽつと話してくださいました。
連休明けに会社に戻った月曜から、 身体の力が抜けないままここまで来た、 というお話でした。 横になっていただいて、 まず気づいたのは、 背中がいつもの方より一段階固いことでした。
肩甲骨のあたりが盛り上がっていて、 息を吸っても胸の上半分でしか膨らんでいない。 四月の一ヶ月間、 ずっとそのまま呼吸をされてきたのだろうと感じました。 私は自分の呼吸を、 お客様より少しだけ長めに整えて、 ただ同じリズムで息をしていました。 何分か経って、 ご本人から「ちょっとだけ、しゃべってもいいですか」と声がかかりました。
研修のこと、 配属先の上司のこと、 同期と比べて自分が遅れている気がすること、 辞めたいわけではないけれど何が嫌なのかも分からないこと。 途中で何度か言葉が止まっても、 私は次を促さずに、 相づちだけ打っていました。 三十分ほど経った頃、 話の途中で、 背中がふっと落ちたのが手のひらから伝わってきました。
肩の盛り上がりが平らになって、 息が腹のあたりまで届くようになって、 それから五分も経たないうちに寝息になりました。 眠ってしまわれた後の顔は、 入ってこられたときよりも少し若く見えました。
たぶん、 本当の年齢に近い顔だったのだと思います。 四月の一ヶ月で、 無理に何歳分か上に見せようとされていたのが、 ようやく外れた瞬間だったのかもしれません。
五月病という言葉は便利ですが、 現場で見ていると、 病気というよりも、 四月の間ずっと張りつめていた糸が連休でいったん緩んで、 戻したつもりが戻りきらない、 という状態のように感じます。 緩んだ糸は、 ひとりでは張り直せないことがあります。
誰かの呼吸の隣で、 自分の呼吸を思い出すことでしか戻らない硬さがある。 新社会人の方の中には、 お金を払って眠りに行くなんて、 と最初に思われる方が多いと聞きます。 ただ、 四月を全力で抜けてこられた方の身体は、 ご本人が思っている以上にこわばっています。
ひとりの部屋で天井を見ながら朝を待つ夜が続いているなら、 誰かの寝息の隣で目を閉じることを、 選択肢のひとつに入れていただいても構いません。 当店には性的な接触を含まない添い寝のみのご利用も用意されています。
何も話さずに眠るだけでも、 料金は変わりません。
朝、 お見送りのときの背中が、 いらしたときよりも一段階やわらかくなっている瞬間に、 私は何度も立ち会ってきました。
四月をひとりで抜けてこられたあなたの背中も、 たぶん、 今そういう状態だと思います。

